心と体のギャップを感じる日々
今回は、心と体のギャップについて考えてみました。
私は、日々自分ができると思う能力と実際できる能力とのギャップに悩まされていました。
これは皆さんにも身に覚えがあるのではないのでしょうか?
例えば、夏休みの宿題の場合です。
これは私の経験ですが、最後の週に一気にやれば終わると思って何もしなかったら、親に怒られながら少し協力してもらってなんとか終わるという、なんとも情けない経験です。
当時の私は時間内に余裕で終わると思っていたのです。
しかし、いざやってみるとこれがなかなか終わらない…そして焦って余計にできなくなる、挙げ句の果てには怒られながら手伝ってもらう。
こういう思い通りにいかないことを、心と体のギャップとします。
そんなことがあると、「こんなはずではなかった。もう二度としない。」と反省するもののなかなか直った試しがないですよね 笑。
私は、そうゆう経験が多すぎるためこの機会にしっかり考えてみようと思いました。
結果として私がこの問題にあたっての解決方法としては、自身の力を知ることです。
うん…当たり前ですね。
そう思う方は多いと思います。
私も、読んでいたらツッコミを入れています。
しかし、これは難しいことなのです。
簡単に自分の力を知ることと言っていますが、何で自分の力を測るのですか?
基準というものが全てにあるのか?
そして何をもって正しい能力の認知になるのでしょうか?
考えてみると、とても深いですよね。
私は、客観的に自分を見るというのをよくやっています。
おそらく、この行為に似ているのだと思います。
客観的に物事を見る能力は自身に対しても周りに対しても大切です。
気にしすぎるのはいけないと思います。
ですが、突然のアクシデントが起きた時その現場の空気に飲まれただパニックになっているだけの人がいたらどう思いますか。
私だったら、「まず、落ち着け」と声をかけれる人間になりたいですね。(私もパニックを起こすタイプなので願望ということにします)
パニックになった人間というのは、その場にさらにパニックを与えていく害になる可能性が高いです。
しかし、その場を主観的ではなく客観的に見ることができる人間はまず何があっても何をしなくてはいけないかを考えるでしょう。
なので簡単に言いますと、客観的に考えられるということはイコール冷静に物事に対処することができるということです。
冷静に対処できるのはある程度自信に余裕を持ち自分の立場を考えています。
そう!
これです!
自分の立場を自然と考えるようになるんです。
それは自分の能力を踏まえた上で考えますよね。
自然とできるようになっているものなのです。
ということは、自分の能力を知らない私は客観的に周りを見れない自己中心女ということがわかってしまいました。
私は、自分で導いてしまった以上「はい、その通りです。」ということしかできません。
なので私はまたここで自分の性質を知ったということなので、直すことを目標に頑張っていこうと思います。
こういう風に自分のことを簡単に見直してみることで気づかなかった性質についても知ることができました。
よく自己分析をしてみるといいと聞きますが、難しいですよね。
そういう時は、日々の少しの悩みから考えていくのが良いと思います。
その方が、着眼点から繋げることができるので考えやすいです。
なので少しでいいので、考えてみると新たな課題が見つかるでしょう。
課題が見つかる方が伸び代があるということなので、たくさん見つけたもの勝ちですもんね!
今回はここまでにしようと思います。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
次回もこの呟きを読んでくださると嬉しいです。
皆さんが少しでも幸せだと思える1日になりますように。
それではまた。